>>かおりちゃんの信行日記


第4回 どうして「ありがとうございます」なの?の巻

今日は薫化会のお総講の日です。
かおりちゃんはお母さんと電車でお寺に向かっています。
「ねぇ、お母さん」
「ん、なあに?」
「どうしてお寺の人だと『こんにちは』じゃなくて『ありがとうございます』なの?ありがとうございますってお礼を言うときに使う言葉だよね」
「そうよ。お寺の人に会ったときにお礼を言わなくちゃいけないから、『ありがとうございます』って言ってるのよ」
「えっ?」
「かおりもお母さんもそうんなんだけど、人って食べ物や洋服がないと生きていけないでしょ。自分一人では絶対に生きていけないじゃない。お寺のご奉公にしても、他の人がいないと功徳を積むことが出来ないし、ご奉公もさせていただけないわよね。だから、その『人の恩』に感謝するために信者さんに出会ったときには『ありがとうございます』って言ってるの」
「ふーん」
「かおりは『ありがたい』って漢字で書ける?」
お母さんの突然の勉強への質問にかおりちゃんは少し戸惑ってしまいます。
「えっ……習ったかな?」
「ちょっと難しいけど、『有ることが難しい』って書いて『有り難い』って書くのよ」
そしてお母さんは手のひらに指で透明な文字を書きます。
「人間として生まれて来るには、とてもとても長い時間がかかるの。そして人間として生まれてきて、本門八品の教えにお出会い出来るというのは、ものすごく有り難いことなのよ」
「どれぐらい?」
「2つの首を持った亀が100年に一度、甲羅干しのために大海原の海面に顔を出すの。その時、たまたま流れてきた木の破片に頭をぶつけるぐらい有り難いと、例えられているわね」
「そっ、そんなに!?」
かおりちゃんは想像もできないお話にびっくりしてしまいました。
「佛立宗の信者さんになるのがそんなに有り難いことなのに、今日も元気にご信者さんに会えるってものすごく有り難いわよね。その有り難さに感謝の気持ちを忘れないようにご信者さんどうしでは『ありがとうございます』って挨拶するのよ」
「へぇ、単なる挨拶にもすごい意味があったんだねぇ」
「そうね。でもね、もう一つ、大切な意味があるのよ」
「まだあるの?」
「かおり、『尊敬』って知ってる?」
尊敬という言葉は学校でも習ったし、とても大切なことだと御導師がいつもおっしゃってるのでかおりちゃんも知っています。
「うん、知ってるよ。敬うってことでしょ」
「そうよ。『ありがとうございます』のご挨拶には尊敬の意味もあるのよ」
「どういうこと?」
「自分の周りの人達は自分の知らないことや善いことを教えてくれる大切な存在だから、敬うことが大切だと言われているの。だから、人にあってお別れするときには尊敬の心を込めて『ありがとうございます』と言うのよ」
「だから、会ったときもお別れする時も『ありがとうございます』って言うんだね」
「そう。ご信者さんに挨拶するときは、御本尊様に御題目をお唱えする気持ちで『ありがとうございます』と言えるのが理想ね。」
「うん、わかった」
さぁ、もうすぐお寺のある駅に着きます。かおりちゃんが今日一番に『ありがとうございます』と挨拶する人は誰でしょうか?

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