第26回 優しい匂いの巻
とても気持ちのいい季節になってきました。
この季節の風にはお花の匂いや温かい土の匂いが混じって、とてもいい匂いがします。
そんなある日のことです。
「いつも思うんだけど、かおりちゃんって良い匂いがするよね」
隣の席の知美ちゃんにいきなり言われて、かおりちゃんはびっくりしました。
「なんだかね、優しい良い匂いがするのよ」
「そうかな。自分では全然わからないんだけど」
かおりちゃんは自分の服をくんくんと嗅いでみました。
ほんの少しだけれど、どこかで嗅いだことのある良い匂いがします。
「そういえばさ、かおりちゃんのお家もこんな匂いがしてるよ」
「えっ、ホント?」
「ただいまー」
かおりちゃんは走ってお家に帰ってきました。
知美ちゃんの言っていた『優しい良い匂い』を早く探したかったのです。
だけどどんなに急いでいても、お家に帰ったら先ず御宝前様にご挨拶に行かなければいけません。
「無始已来謗法罪障消滅……」
ご挨拶が終わったとき、窓からふわりと風が入ってきました。
「あ!この匂いだ!」
御宝前様の周りから、あの『優しい良い匂い』がしたのです。
「お母さん、お母さん」と、かおりちゃんは台所に走っていきました。
「お母さん、どうして御宝前様からは優しい良い匂いがするの?」
かおりちゃんにいきなりそう言われて、お母さんは目を丸くしています。
「優しい良い匂い?」
口で説明するよりも、実際にその匂いを嗅いでもらった方が良いと思ったので、かおりちゃんはお母さんの手を引っ張って、御宝前様のお部屋に行きました。
「あら、この香りはお線香の香りよ」
「そうだ!お線香の香りだ!」
お母さんに言われて初めてかおりちゃんは気づきました。
そんなに意識したことはなかったけれど、かおりちゃんは確かに毎日この香りを嗅いでいます。
「お線香ってこんなに良い匂いがするんだ」
「そうよ、お線香は良い香りを御供えさせていただく為のものだからね」
「香りを御供えするの?それなら一本だけじゃなくて、もっとたくさんお線香を立てたらいいんじゃないの?」
「お線香は数が問題じゃないのよ。少しでも香りの良いものを、心を込めて御供えさせていただくことが大切なの。それにお線香一本分が御看経の時間の目安になるしね」
「ふーん。そうなんだ」
「ところで、お線香の香りがどうかしたの?」
かおりちゃんは、今日学校で知美ちゃんが言っていたことをお母さんに話しました。
かおりちゃんの話しを全部聞いて、お母さんはにっこり笑ってこう言いました。
「それはね、かおりが御宝前様の近くにいるのと同じように、御宝前様はかおりの近くにいてくださるの。だから良い匂いがするのよ」
「そっかぁ」
なんとなくわかっていたけれど、実感できなかったこと。
それをこんな風に実感できて、とても嬉しくなったかおりちゃんなのでした。