第28回 うれしさを表すことばの巻
かおりちゃんのお寺には「南無妙法蓮華経のおばあちゃん」というあだ名のおばあちゃんがいます。
本名は山田さんと言うのですが、他の人が「よっこいしょ」というところを「南無妙法蓮華経」と言ったり、「ありがとうございます」の挨拶の後に「南無妙法蓮華経」と言うのでそのあだ名がついたのです。
ある日、山田さんのおばあちゃんがお寺の階段を降りようとしていました。手には沢山の荷物を持っていたので、かおりちゃんは階段の下まで荷物をもってあげました。
「どうもありがとう。助かったよ。南無妙法蓮華経…」
「ねぇ、どうしておばあちゃんはいつも南無妙法蓮華経とお唱えするの?」
かおりちゃんの突然の質問に、山田さんのおばあちゃんは驚いた顔をしましたが、ゆっくり優しく答えてくれました。
「今、かおりちゃんは荷物を持ってくれたよね。そのおかげで私は無事に階段を降りることができたんだけど、それは御宝前様が、かおりちゃんという荷物を持ってくれる人を与えてくださったからなんだよ。当たり前の様だけど、これはとても有り難いことなんだよ」
「かおりはただ、荷物を持っただけだよ…」
思いがけない答えに、かおりちゃんは照れてしまいました。
「【有り難いこと】がたくさん続くと、【当たり前】に思えてくるんだけどね、おばあちゃんはそう思わないように有り難いことがあるたびに、どんな小さな事でも感謝しようと決めてるんだよ」
「それって難しくない?それに、どうやって感謝するの?」
「難しくないよ。嬉しいときや、ホッとしたときに、南無妙法蓮華経とお唱えして、御宝前様のおかげだと思うようにするだけだよ」
山田さんのおばあちゃんはそう言うと、それじゃあねとかおりちゃんに手を振り、また「
南無妙法蓮華経」とお唱えし、お家に帰っていきました。
お家に帰ると、かおりちゃんはお父さんにその話をしました。
「山田さんのおばあちゃんはえらいなぁ。【随喜心】を大切にされてるんだなぁ」
「ずいきしん?なにそれ?」
「随喜心っていうのはだな、簡単に言うと【感謝】と【喜び】の心のことなんだよ」
「感謝と喜び?」
「人ってさ、他の人と自分を比べて自分は不幸だと思ったり、人の幸せを妬んだりしてしまうだろ。だけど、本門佛立宗のご信心をさせていただき、無事に暮らして居ることに【感謝】し、人の幸せやお計らいを素直に【喜ぶ】心が大切だよっていうことだ」
「ふーん。なんだか難しいなぁ」
「そうでもないぞ。無始已来のご挨拶の時に嬉しいと思ったことを思い出して、御宝前様に『今日も一日楽しかったです。ありがとうございます』というんだ。それだけでも随喜心になるんだよ」
「無始已来の時に『ありがとうございます』か…」
明日、嬉しいと思ったことを覚えておいて、さっそく無始已来の時に実践してみようと思ったかおりちゃんでした。