>>かおりちゃんの信行日記


第2回 戦没者慰霊法要って何?の巻

新学期が始まりました。学校が始まると次の休みが恋しいもので、かおりちゃんはカレンダーを見ては、休みまであと何日と数えていました。

「ねぇ、お母さん。9月23日にある【戦没者慰霊平和記念法要】ってなぁに?」

「今の平和のありがたさと、戦争のない世界が訪れることを願い、京橋の大阪ビジネスパークで、戦争でなくなった方のために御看経をさせてもらうお参りの事よ」

「戦争の終わった日って8月15日でしょ?それに何であんなビルがいっぱい並んでいるきれいなところでするの?」

お母さんは用事をしていた手を止めて、かおりちゃんの方を向きました。

「今じゃ想像できないけど、戦争中は大阪城の周りに『砲兵工廠』という大きな武器工場があって、そこで弾丸や爆弾なんかを作っていたのよ。たくさんの若い学生さんや、女学生が武器を作っていたのよ。そうね、ちょうど今の高校生ぐらいになるかしら。戦争中は大阪も空襲にあって、街も家も焼けてしまって、全部無くなってしまったそうよ。でも、その中で何故か砲兵工廠だけは、終戦直前まで空襲を免れたそうよ」

かおりちゃんは授業で習わなかった、戦争のお話にちょっとショックを受けているようです。

「そんなある日、アメリカ軍が砲兵工廠を8月14日に攻撃するというビラをまいたんだけど、軍の偉い人たちはそのビラを取り上げて、嘘に惑わされるなと言ったの。でも、本当はその日に攻撃があるということを偉い人たちは知っていたんだけど、それを砲兵工廠の人たちには教えなかったのよ。そして8月14日、アメリカ軍は砲兵工廠を砲撃したの。大阪城周辺の爆撃の音が、堺市にまで聞こえるぐらいの大きな空襲だったそうよ。いつも通り働いていた沢山の学生さんは、逃げる場所もなく、そこで何千、何万人という命が失われたの。この攻撃は、日本がなかなか敗戦を認めなかった為に行われたらしいって、最近になってわかったんだけどね。そして翌日の8月15日に太平洋戦争は終戦したの」

かおりちゃんは、とても悲しいお話にひどく心が痛みました。でもお母さんの話はまだ続きます。

「戦争が終わり、街や自分の生活を取り戻すことが優先されて、砲兵工廠の遺体をきちんと埋葬してあげられなかったそうよ。だから今でも大阪城周辺を工事すると、砲兵工廠で亡くなった方の積み重なった白骨がいくつもでてくるそうよ」

かおりちゃんは、高いきれいなビルが建ち並ぶ大阪城公園の近くで、そんなことがあったなんて全然知りませんでした。毎日毎日、ネクタイを締めたサラリーマンや、おしゃれをした人々、おいしいご飯を食べに来ている人たちが歩いている道路の下に、本当なら助かったはずの沢山の人たちが眠っているなんて。

もし、自分がそんな目に遭ったのだとしたら、どんなに悲しいだろうとかおりちゃんは思いました。

「かおりはどうしたらいいのかな?」

「お彼岸は、ご先祖様が回向してもらうのを特に期待されているときなの。でも、自分の家のご先祖様だけじゃなく、砲兵工廠で亡くなった沢山の方たちの為にも、お題目をお唱えさせてもらいましょうね」

「うん」

こんな悲しいことはもう二度とあってほしくないと心から思ったかおりちゃんでした。

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